たわむれ日記

たわむれに いろいろ書き散らします

清々しい銀杏と読了『花屋さんが言うことには』『猫のお告げは樹の下で』

週に数回裏手を自転車で走り抜ける神社がある。

住宅街の中にあり、そこそこ広い境内、道路から見えるのは本堂の後ろ姿だけれど、生きている神社だ。

もう何年も後ろを通っているのに、今年初めて色づいた銀杏の美しさに気づいた。

濃い黄色やかさついた黄色、散ってしまった木もあるというのに、この神社の銀杏は透明感のある黄緑がかった黄色で、太陽の光に透け葉が幾重にも重なる様子や、蒼空との対比が素晴らしくて、思わず止まり、ほけーっと眺めてしまった。

なんという清々しさよ。

清らかな黄金のシャワーを浴びているよう。脳の中や魂まで洗われているようだった。

今まで何故気づかなかったのか不思議。神社に銀杏の木があるってことは認識していたのに。呼ばれたんだろうか。今思ったのだけど、お詣りすれば良かったな。
今度通る時には思い切って立ち寄ってみようと思う。

 

先週読了したのはこの2冊。

付箋だらけ。気に入ったフレーズはブクログに。

『花屋さんが言うことには』

初めて読む山本幸久さんの作品。

一章、また一章と読み進めていくにつれ、ささくれ立った気持ちが柔らかく癒されていく、そんな物語だった。

原崎花店が我が街にもあったら、どんなにか心豊かな暮らしが送れるだろう。

パートの光代さんは元高校教師、国語を教えていて、平安の昔から現代まで、あらゆる時代の短歌や俳句を諳んじることが出来る。花に合わせて短歌や俳句を添える。光代さんの知識量は豊富で、こんな先生に国語を教えてもらったら、退屈だった古典や現国の授業も身が入っただろうに、と思う。

国語や古典は光代さん、数学は『博士の愛した数式』の博士。
こんな授業受けてみたい!きっと毎回待ち遠しくてならないに違いない。

主人公である紀久子は美大を出てグラフィックデザイナーになるのが夢だが途中で潰えている状態。でも、ひょんなことから花屋で働き出したことによって、彼女の人生は動き出していく。

それこそ、眠っていた種が水と適度な温度を得て芽吹いて育っていくように。

夢や目標があって、そこに向かっていく時、遠回りだったり、全然違う方向へ進んで行ってしまうことがある。自分が考え選んだ道に進もうとしても障害がありすぎて進めず、やむを得ず進んだ道が、驚くことに夢への道につながっていることがある。

ああ人生ってそうだった、と思い出した。

気持ちを明るく持ち、その時その時を大切に生き、諦めない心を持つ。途中で挫けそうになってもね。

 

『猫のお告げは樹の下で』

安定の青山美智子ワールド。

老若男女、人生にもやもやを抱える人々が、小さな神社に現れる猫”ミクジ”から、ハラヨウの木の葉に浮かぶ4文字のお告げを受け取る。

カタカナ4文字のその”お告げ”に戸惑うが、宮司に「ミクジに出会えたあなたはラッキーだ。そのお告げを大事にした方が良いですよ」と言われ、”お告げ”の意味を手探りしてゆく。そして、お告げの本当の意味に気づいたとき、思い悩む人々の世界がガラっと変わってゆく。

人は心に幾層ものフィルターを被せている。そのフィルターがあるからよく見えるものもあれば、隠されてしまうものもある。

ミクジからのお告げはそのフィルターを外してくれる魔法の言葉のようだ。

フィルターのない真っ直ぐな心でこの世界に立ったとき、いかに狭い世界で生きていたのか驚く。

ミクジのお告げは、その言葉を唱えれば一瞬で問題解決!というものではない。

受け取った言葉を胸に、迷いながら戸惑いながら答えを見つけてゆく。

他人任せじゃなく、自らの手で。

ミクジはヒントをくれるだけだけれど、そのヒントを欲しい人はたくさんいるだろう。わたしもそう。

もし、わたしがミクジに出会えたなら、どんなお告げをもらえるだろう。

 

最近の読書傾向は、いつの間にかすり減った心を癒してくれるような、ネガティヴな方向に行きがちな気持ちの向きを優しく修正してくれるような物語を好んで読んでいる。

ともするとダークサイドへ行きがちなわたしの意識。それを修正したいって無意識に思っているのかも。

この2冊は、ちょっと心が疲れた時におすすめしたい。
寒い日の暖かくほろ甘いココアのように心に効くこと請け合いだ。