たわむれ日記

たわむれに いろいろ書き散らします

招かれざる訪問客

気晴らしに、河原まで

日曜日の午後、突然訪ねてくる人はたいてい厄介だ。
ま、セールスの人が多いのだけど。なーんて言ったらセールスの人には悪いわね。でもわたしの本音だから仕方ない。必要だったら自分から見つけに行くし、手に入れる。
コロナ禍で一時期ぱったり途絶えたけれど、また最近増えて来たみたい。

お年寄りがターゲットなのかな。。

ご近所は古くから出入りの業者さんが決まっていて、ウチもその仕事ぶりを見て紹介してもらったりしてる。セールスの入る隙間なんてないのに、ご苦労様なことだ。

この前の日曜日も庭で草取りをしていたら、お隣を訪う人の気配がした。
独居老人のお宅なので、聞くともなく聞いていたら、どうやら宗教の勧誘。
おじさん、きっぱり断ってた。勧誘の女性は『役に立つチラシです、これだけでも。後でお読みください。』と食い下がるも、『要りません。』と引き戸をピシャリ。

心の中で、おじさんよくやった!と喝采を送る。週に何回か離れた所に住む子供達が入れ替わり立ち代わり訪ねてくるものの、歳をめしても一人で小綺麗に暮らしているおじさんだ、流石である。

ホッとするのも束の間、ウチにも来た。来るだろうなーとは思っていたけれど、やっぱり来た。

女性二人連れ、40〜50代。お隣から漏れ聞こえた”富士なんちゃら”、”日蓮上人の〜”でだいたい察しはついていたが、遠目で見たチラシを一目見て、あああのカルトかと納得した。

正式名は知らない。日蓮宗の一つだと思う。お守りを持ってはダメとか、初詣は行っては行けないし、神社仏閣に行ってはダメとか、いろいろ制約がある宗教。生きることよりも死んでからの方が大事ということらしい。

何故詳しいかというと、もう何年も前になるが、仲良くしていた同僚二人がいつの間にかこの宗教に入信していて、しつこい勧誘を受けたことがあるからだ。

久しぶりにランチしようよと誘われて行ったら、途中からこの宗教の話になり、あげくに見ず知らずのもう一人を呼び寄せ、二人がかりで延々と勧誘。さらにもう一人の同僚もやって来て、わたしは衝撃を受けたね。

えっ!君らが宗教にハマっていたとは!

友達(と思っていた)から冷たく無下にもできず、話を肯定しつつ聞いたのが間違いだった。これからビデオを観にいきましょう、という誘いをやんわりと断り続け、レストランに3時間以上拘束。

これじゃあ埒が明かないと悟り、その当時ヨガにハマってヨガ哲学なんかも勉強し始めていたこともあり、わたしにはヨガがあるので宗教は必要ありません!とはっきり言って、ようやく解放された。

でも敵もさるもの、分厚い雑誌のような本を手渡された。うんざりしたけれど、とりあえず受け取り、中を見ることなく駅のゴミ箱に捨てた。

その友達とは次の年の年賀状を出すことをやめ、次第に疎遠になった。いま、彼女らはどうしているんだろう。

二人とも仕事が出来て性格も明るく友達も多い。容姿だってキレイ系と可愛い系で、熱中する趣味もあり、私生活でも充実していたはずだ。なのに何故あの宗教にハマってしまったんだろう。

わたしには窺い知れない深い悩みがあったのだろうか。
人の心は謎だ。

その二人とは一緒にハワイ旅行もした。彼女らが宗教にハマる前だ。
当時江原啓之さんが流行っていて、彼のハワイの本を事前に読んでいたわたしは、ワイキキビーチにある石がパワースポットというのを読んで、二人を引っ張って行った。

すると二人は、わたしを危ない人呼ばわりした。江原さんの言うことを信じてこの石がパワースポットだなんて、lilaちゃんヤバいよ、そのうち宗教にハマっちゃうんじゃない?

そんなことないよー!と否定するも、いやヤバい、宗教にハマるタイプだ!そうなったら私たちが引き戻すからね、なんてことも言ってた。・・・冗談半分だと思うけど、それが数年後、彼女らが宗教にハマってしまうなんて、人生って分からない。

日曜日、うちに訪ねて来た二人には、チラシをチラ見して、『あー、それね。昔友達が入ってて、しつこく勧誘されてすっごーく嫌な思いをしたので、お帰りください。』と断った。

今、統一教会の問題が世の中に広く知れ渡っているのに、よくこんなふうに勧誘に来れるよなぁと呆れてしまう。

誰か一人の人を熱狂的に信じたり崇拝することは違うと本能的に感じる。

でもそうじゃない人がたくさんいるってことだ。

何を信じるのかは人それぞれだけれど、自分以外の人を巻き込まないで欲しいわ〜
特に嫌がっている人に無理強いするのは間違ってるよ。

何かを信じているその人が幸せで満たされていたら、その良いバイブレーションが自然と広がり、その人だけじゃなく家族や周りの人も一人一人その人らしく幸せに生きていけて、結果他の人も自然と引き寄せられて行くんじゃないかな。
脅したりすかしたりして無理矢理勧誘することなく。

何かを盲目的に信じる時代はもう過ぎ去っていくと思う。

 

日曜日の突然の訪問には居留守を使うことにした。回覧板以外はね。