たわむれ日記

たわむれに いろいろ書き散らします

面会休止

母が長期療養型の病院に転院して、ほぼ1ヶ月。
週に一度のペースで面会に行っていた。
自転車で片道約1時間。周囲の景色をのんびり眺めながら、良い運動にもなっていた。

自転車の辛いところは、天気に左右されること。ママチャリだしね。。
雨の降る日、風の強い日は諦めるしかない。
ということで、先週は行けなかった。今週は雨続きだがら、兄が行く日に便乗させてもらおう、そう楽しみにしていたのに。

兄から母に会えなくなったとLINEがあり、病院のHPが添付されていた。
何と今日から『コロナ感染防止対策として』面会休止で、再開の予定は未定。
ありゃま、タイミングが悪かった。

わたしが仕事で行けなかった先週の土曜日、会いに行った兄によると、まぁいつもと変わらない感じだったとのこと。

 

今の母の状態は安定していて、特別どこか病に冒されているわけじゃないが、脳は半分に萎縮し、からだは拘縮が進んでいる。認知機能は低下していて、ものを食べることは出来ない。
今は血管にチューブを繋ぎ、栄養を点滴している。胃ろうの選択はリスクが高過ぎて諦めた。

点滴の場合、肝臓や血管に悪影響を及ぼすこともあり、もって1年なのだそうだ。
個人差があるから、母は1年もってくれるか。

父は末期癌で、ホスピスモルヒネを投与されつつ旅立ったので、病気による痛みが母にないだけ、娘として少し救われたような気持ち。

母は92歳だが、かくしゃくとして元気な方もご近所にはいる。この差は何かなってよく考える。何が違っていたのかな。

20代の馬鹿者が運転する車に、運転者の不注意で交通事故に遭い、歩行が不自由になり、出歩くことを嫌い、太り始め、家に籠りっぱなしになったこと。外出といえば、父の運転する車で買い物に出かけたり、整形外科に行ったり。

一日中茶の間に座ったり寝っ転がったりして、テレビや韓流ドラマを観ていた。外出するのを面倒臭がり、人と会うのを拒んだ。

教員をしていた頃、母は毎週日曜日の午後になると近所の美容院へ行き、セットをしてもらっていた。その頃のご近所の奥様方よりちょっぴりオシャレに気を遣っていたと思う。
そんな母は、足が不自由になり車椅子に乗って外出することや、手押し車のようなものに頼って歩行している様子を近所の人に見られるのを毛嫌いした。
母なりのプライドがあったんだと思う。
そのプライドが悪く作用したとわたしは思っている。

足が悪くなっちゃってねーって笑い飛ばせるような鷹揚さが母にはなかった。
母も父も、生真面目な性格だった。

母は心療内科に罹っていたこともあり、今思うと鬱状態にあったのかも知れない。父と時には口喧嘩しながら時には二人して楽しそうに笑いながら過ごしていたから、それでいいとわたしも思っちゃった。

もっと外に連れ出せば良かったな。

でも、わたしも更年期鬱の真っ最中で、自分のことだけで手一杯、両親への細やかな心遣いは出来なかった。

あー、こう考えると何だか同居していたわたしが全部悪いように思えてしまう。
鬼娘とはわたしのことだ。

後悔ばかりしていても前には進めないから、今のわたしに出来ることを精一杯やることだ。認知症が進んだ母にとっては、わたしの自己満足でしかないけれど。
自己満足でもいい、母に会いに行って、感謝を伝えること、頑張った母を労うこと。
それが鬼娘の罪滅ぼし。

院内にコロナが発症したのかな、どうぞ母が感染しませんように。
早く面会できる日が来ますように。1日でも早く。

わたしたち家族に残されている時間は少ない。

 

 

 

 

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