結婚して数ヶ月した頃、わたしは精神的に疲弊していた。
夫となったひとは変わらず明るくて優いし、義母と義父は明るくオープン、生活にうるさく口出しすることもなく、温かく見守ってくれている感じ。意地悪やイビられるようなこともない。
わたしを悩ませたのは彼の妹、いわゆる小姑だ。
小姑一人鬼千匹と言われるが、まさに。
- お兄ちゃん、結婚してからウチに寄り付かなくなったよね。なんで?冷たくなったね。
- (料理をしているわたしを見て)へー、ちゃんと料理出来るんだw
- (白米を研いでいるわたしを見て)え、お米ってそうやって洗ってんの?ダメダメ、違う違う!今は技術が発達してるからかき混ぜるように洗うだけでいいんだよ?
- (掃除をしているわたしを見て)え、毎日掃除してんの?ホコリで死ぬわけないんだから毎日やらなくていいんだよww
etc...
まだわたしも若くて図太さを装備しておらず、他愛もない小姑からのチクチクがこたえた。
兄を慕っていたから、妻となったわたしが小憎らしかったのかもしれない。
特に掃除は何度も何度も言われた。
掃除好き、片付け好きで何が悪い。
わたしは毎日掃除したいの。好きでやってるの。
なるほど義実家は一家あげての大らかな性格そのままに、雑然とし物に溢れている。色々な場所に物が積み上げられていたし、こたつから出ると室内で飼っている柴犬の抜けた毛で服が真っ白くなった。デザートに出されたガラスの器の飾り部分に虫の死骸が乗っていたこともある。
結婚するということは、自分とは違う環境で生きてきた他人と一緒に暮らすということだ。分かっていたつもりだったけれど、隣町に住む小姑がこれほど関わってくるとは思ってもいなかった。
そんなある日、職場の研修で都会に出た帰り、初めてのその街を散策するように歩いてみた。
オフィスビルが立ち並ぶ都会だけれど、個人営業の店も立ち並び活気があった。
その店に入ってみたのは何故だったのだろう。
器のお店だった。
そこまで気取っていない、温かな雰囲気に惹かれたのかもしれない。
買うつもりはなかった。
けれど器から発せられる温かさが心地良く、広くはない店内を見回していた。
するとカウンターの向こうから、店主と思しき女性が声をかけてきた。
ゆっくり見ていってくださいね。
はっとして顔を上げると、自然な笑顔があった。
瞳には、温かな光が灯っていた。
お気に召すものがあったら、どうぞお手にとって。
ーはい、ありがとうございます。
わたしも自然と笑顔で返していた。
返しながら、ああ最近笑顔を忘れていたなって気づいた。
顔が、笑顔のかたちに慣れていなかったから。
ゆっくりじっくり見ている間、女性はわたしを放っておいてくれた。
結局、葡萄が描かれた器を3つ買った。
小ぶりながらぽってりした感触、ちょっとした副菜を乗せるのにちょうど良い。
女性は丁寧に包みお会計する間も笑顔を絶やさず、穏やかに会話してくれた。
こころに、やさしい灯がともったように感じた。
こころが、まるくなったみたいだった。
じわじわーっと活力が湧いてくるのが分かった。
たぶんもう二度と来ないだろうお店、もう二度と会わないだろう女性。
だけれどこんなにもわたしを元気付けてくれた。
一期一会。
買う予定もなかった器まで買っちゃって。
女性に売らんかな、の圧がなかったこと
そして多分なにより女性の持っている品格のようなものがわたしを癒してくれて、心が開き、購入まで至ったんだと想う。
だって数年後夫とは離婚してしまうが、あの器は今も大切に使っている。1枚割れてしまったが、残りの2枚を今も。
器を手に取るたび、笑顔に癒された思い出が蘇る。
笑顔の記憶が残るお気に入りの器を、これからも大事に使い続ける。
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