たわむれ日記

たわむれに いろいろ書き散らします

読書『あの日、パナマホテルで』ジェイミー・フォード

久しぶりな読書の書き留め。
読みたい本は尽きず、むらがありながらも読み続けているが感想を書き留める余裕がなかった。
ブクログにも、星はつけても感想は空欄のままだったり、感想途中で鍵つきになっていたり。

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お盆が過ぎ暮らしも気持ちも落ち着いてきたのでちょっとずつまとめようと思う。

 

最近読んだのは、ジェイミー・フォード『あの日、パナマホテルで』。
たしかブクログのおすすめに出てきて、装丁とあらすじに惹かれて読んでみた。

舞台はアメリカ・シアトル。
中国系移民二世のヘンリーは妻を亡くし失意の中に生きていた。そんなある日、パナマホテルの地下から、戦時中収容所に移送されることになった日系人が密かに運び込んだ荷物が大量に発見される。その騒ぎに遭遇したヘンリーは、初恋の日系移民二世の少女ケイコのものを見つけ、昔の思い出が鮮やかに蘇り・・・

物語は、現在と過去を行ったり来たりしながら進む。

ヘンリーは長年ずっと探し続けている幻のジャズレコードがある。
オスカー・ホールデンとミッドナイトブルー・路地裏の野良猫ステップというジャズのビニール製レコード。今は亡きオスカー本人も作ったかどうか覚えていないと言う、存在したのかしないのかもはっきりとしないレコードだ。

でもヘンリーは在ると確信している。いや知っている。それは在るのだ。
レコードの存在はケイコとの大切な濃密な想い出でもあるからだ。

パナマホテルの地下室で発見された荷物の中に、ケイコのものと思しき赤い傘を見つけてから、止まっていたヘイリーの時間と心が動き出す。
心の中に封印していた辛すぎる過去、想いとちゃんと向き合う決心をしていくヘイリー。
彼が行動することで疎遠になっている息子との距離も少しずつ近づき、新たな家族の物語が始まっていく。

 

戦争と人種差別を扱っている物語ではあるけれど、重過ぎず、事実も淡々と述べられていて、するする読めた。ヘイリーという心優しく賢い少年の位置から語られているからかも知れない。

それぞれの、立ち位置から見えるものは、別々だものね。
見ようとしているものしか見えないし見たくもない、そんなことって無数に在る。

読み終わったときは心が温かくなった。

そして思う。
もしかしたら、ヘイリーとケイコのような恋人どうしも実際にいたかもしれないね。

 

シアトルはわたしにとって縁のある土地で、学生時代夏休みを使って1ヶ月ほど滞在したことがある。
平日はシアトル・パシフィックユニバーシティの寮で暮らし授業を受けつつ、週末はホストファミリーの家に滞在した。

チャイナタウンでは友達と何度かご飯を食べた。初めて食べたレモンチキンがジューシーで感動的に美味しく肉嫌いのわたしでもモリモリいった。フォーチュンクッキーでは「soon you will be top of the world」みたいなことが書いてあって(top of the worldを鮮烈に覚えてる)人生で最高の時がこの若さで来てしまうのかと複雑な気持ちになった。

あの街が舞台なのか。遠い昔なので街並みなどはぼんやりだ。さらにあの近くに、かつてジャパンタウンもあったとは。

第二次世界大戦が勃発するとアメリカに移民した日系人は苦境に立たされた。
真珠湾を奇襲し、母国が敵国となったのだ。

その当時わたしは片岡義男さんのエッセイで日系二世に興味があり、先生がコーディネートしてくれてシアトル郊外の日系二世のお宅にお邪魔してお話を聞いた。

親世代が二世、わたしと同世代は三世。
二世のご夫婦は日本語を理解できるが話すのには苦労する感じ、三世ともなると完全にネイティブ、ぱっと見日本人だけれど、アメリカ生まれのアメリカ育ちのせいか、どこか違っていた。

アメリカにとって敵国は日本だけじゃなかったのに、日本人だけが強制収容所に入れられたと聞いた。訊ねたわたしに、ご夫婦は写真を見せながら収容所での生活ぶりなども話してくれた。

普通に暮らしてたよ、と言っていた気がする。
酷い仕打ちは受けなかった。みんな穏やかに暮らしていたよ。
ただ、行動が制限されてカゴの中の鳥だったと。

学生でまだ若かったわたしに気を使ってそう話してくれたのかも知れないし、ご夫婦もまだ子供だったからそういう記憶しか残っていないのかもしれない。

物語では、日本人が財産もすべて没収されて強制移送されていった様子が描かれている。

 

週末を3度ほど過ごしたベインブリッジアイランドにも、日系人はたくさん住んでいて、移送されていったという。
全然知らなかった。

シアトルは湾の中に無数の島があって、ベインブリッジアイランドもその一つ。
島からシアトルの夜景が見えたりする。

滞在した家は海に面しておりウッドデッキにはジャグジー、ヨットを持っていてヨット小屋もあり、自立して出て行った子供たちはその小屋を隠れ家みたいにして使っていたという。
島の別の家は広いビーチに面しており、皆んなで採ったアサリがその日の夕食になったりした。

日系人の姿は全く見かけなかったが、島に古くから住むというインディアンの施設に連れて行ってもらい、踊りかなにかのショーを観て、焚き火で焼いたサーモンがメインのバーベキューを楽しんだ。

ホストファミリーのガレージに止まっていたピックアップトラックはDATSUNだったけれど、あの島に大勢の日系人が住んでいたとは驚きだ。そんな雰囲気は全く残ってなかった。

収容所に移送された日系人が営んでいた店や住んでいた家、土地はすべて奪われたという。

だからなのか。
わたしが訪れた当時、シアトルにチャイナタウンはあってもジャパンタウンはなかった。今はどうなのかな。

 

物語の主人公のヘイリーは中国系二世でバイリンガルだが、親は英語をほとんど理解できないし喋れない。この国で生きていくために、親はヘイリーにチャイナタウンに住む子供が通う学校ではなく、白人の子供が通う学校へ奨学生扱いで転入させる。が、卒業したら中国の学校でも学ぶことを息子に命ずる。

父親は、『I'm Chinese』と書かれたバッジをヘイリーに常に着けさせ、日本人を憎む。
当然ヘイリーとケイコの交流には激怒。

だがヘイリーは言う。

ケイコはアメリカで生まれてアメリカで育ったアメリカ人だよ。
僕もアメリカ人だ。
父さんがこんな僕を作ったんだよ。

 

人種ってなんだろうな、国って。

肌の色や言葉、目や髪の色、どこで生まれ育ったかなどで人は容易く差別する。
人の魂はまだまだ未熟だ。
もちろん、わたしだって。

 

父親とやがて妻となる女性のヘイリーに対する仕打ちには猛烈に腹が立ったし、わたしだったらその一点のみで許せない。よく結婚したよね、その女と、と思う。

 

ヘイリーが探し続けた幻のレコードは、単に幻だけじゃなく、ケイコとの淡く熱い初恋の日々を甦らせ、親友のジャズトランペッター、シェルドンへの友情の結晶でもあった。

幻の一枚が結ぶ、人と人との縁。

物語に登場するオスカー・ホールデンというジャズピアニストは存在したし、パナマホテルは今も在り、実際に37家族の荷物が保管されているそうだ。

残念ながらオスカーの曲は見つけられなかったが、ブルージーなジャズピアノをBGMに読み進めた。

余韻の残る終わり方で、よかった。

オアイデキテ ウレシイデス。